緑の悪霊 第5話


「な、ナナリー」

完全に動揺しきっていたルルーシュは、スザクの拘束を振り払うとニコニコ笑顔のナナリーに駆け寄った。追い詰められていたこの場に現れたナナリーはまさに救いの女神。後光が差しているようだった。ナナリーはいつも輝いているが、今日はいつも以上。眩しいほどにキラキラして見える。
ああ、ナナリー!
ただそこに居るだけで俺を救ってくれるなんて、なんて出来た妹なんだ。
ナナリーの登場で、テンションが勢い良く上昇したルルーシュとは対照的に、スザクのテンションは急降下した。
ウキウキした様子で階段を駆け下りるルルーシュの背を見ながらスザクは思わず舌打ちした。なんでそんなに動揺しているんだ?俺に見せたくないものがあるのか?と、ルルーシュの部屋の扉をしばらく睨みつけた。
この奥に何が?
この程度の扉、蹴破るのは簡単なのだが。
無理やり扉を開けて嫌われるのは悪手だと判断し、ルルーシュの後を追って階段を駆け下りた。
僅かな距離だというのに、全力疾走したルルーシュは息が上がっていた。

「ふふふ、どうしたんですかお兄さま、そんなに慌てて」

にこにこ笑顔のナナリーは慌てて駆け寄ってきたルルーシュに手を伸ばすと、ルルーシュは一瞬はっとした顔になった後、眉をハの字にして苦笑した。

「何でもないよ。お前が珍しくここにいるから、何かあったのかと思っただけだ」
「いえ、何もありません。ただ・・・お兄様がお帰りになったのに、すぐにお部屋に向かわれたので・・・」

何時もなら、真っ先にナナリーを探し、帰宅の挨拶をする。
だが、今日はスザクを連れて部屋へ上がってしまった。
恐らくルルーシュを待っていたナナリーはドアの開閉音と足音でルルーシュが帰ったことに気づいて、様子を見に来たのだろう。
悪霊などというどうでもいい話のためにナナリーを不安にさせてしまった。
しかも慌てて駆け寄ったことで、更にナナリーを不安にさせてしまったに違いない。
何たる失態!!

「すまない、ナナリー。お前が待っていると知っていたのに、すぐに上がってしまって」
「いえ、お兄様が謝ることではなりません。待っていたのは私の勝手ですから・・・」
「そんなことはない!」

段々言葉尻が弱くなるナナリーの言葉を、ルルーシュは即否定した。

・・・ああ、またか。

スザクはそんなやり取りをルルーシュの後ろから眺め、眉を寄せた。
ナナリーはとても愛らしい少女だ。
ルルーシュのあふれんばかりの愛情をたっぷりと注ぎ込まれて育った彼女は、辛い生い立ちなど一切感じさせない明るさを持っていた。
ふわふわの綿菓子のような甘い容姿に優しい声、そしてその笑顔。
その閉ざされた瞳が開けば、きっと今以上に愛らしいのだろう。
誰からも愛され、何よりルルーシュに溺愛されている、ルルーシュの妹。
彼がナナリーに向けている愛情は、妹に向けるにはあまりにも異常だ。
ナナリーさえいればいい。
そんな言葉を聞く度に、俺の心がどれほど苛立ち、嫉妬に荒れ狂うかなんて、お前は理解ってないんだろうな、ルルーシュ。

そして、その妹がどれほど腹黒いかも知らないだろう。

真実を暴露し、ルルーシュとナナリーを引き裂きたいと常々思うが、それはナナリーも同じだろう。
だから、この件に関しては互いに口を閉ざす。
その代わり、ルルーシュには気づかれないように、互いに向け殺気を放ち続けるのだ。

「スザクがどうしても俺の部屋を見たいと言って聞かなくてね」
(ナナリー、所詮君はルルーシュの妹だ。いい加減、兄離れしなよ)

ルルーシュに気づかれないように、スザクは冷たい視線を向けた。

「まあ、スザクさんが?」
「ああ。なあ、スザク?」

ルルーシュが振り向いた一瞬でスザクは穏やかな笑みを浮かべた。
いかにも人の良さそうな、好青年の笑顔である。

「うん、そうなんだ。ごめんねナナリー。先に挨拶に行くべきだったね」
(お兄様は私だけのものです。私がお嫁に行かない以上、お兄様もお婿には行きませんよ?)

ニコニコ笑顔で・・・その背にはどす黒い炎を背負い、ナナリーは無言で返す。

「もう一つの足音はスザクさんだったのですね。お兄様のお部屋にすぐ行くなんて、何かあったのですか?」

ルルーシュがナナリーへと視線を向けた瞬間、スザクはニヤリと笑みを浮かべた。

(なら問題ないよ、僕はルルーシュをお嫁さんにするんだから)

お婿に行く必要なんてない。
まあ、君は兄妹だから無理だけどね?

「大したことじゃないんだ。少し部屋を見たいとスザクがしつこくて」

な、スザク?とルルーシュが振り向く瞬間、再び器用に表情を和らげ、笑顔で頷いた。

「ごめんねルルーシュ。でも、僕は・・・」
「解っているよ、俺が心配なんだろう?」
(ふふふ、お兄様が男だと忘れていませんか?そこまでお馬鹿なんですね、この駄犬)

お兄様はノーマルですし、お兄様の理想の女性は私です。

「うん、何事もなければすぐに御暇するからね」
「そう言うな、どうせなら夕飯を食べていけ」
「いいの?やった!」
「いいだろう、ナナリー」

同意を得るため、ルルーシュの視線は再びナナリーへと移った。

「もちろんです」

柔らかな笑顔で、同意を示した。
優しいナナリーには断るなんて選択は存在しない。
内心は、お兄様とふたりきりの食事を邪魔しないでくださいと憤慨していても、表面に出すことはない。それを知っているから、スザクは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

(僕が好きなのはルルーシュだから、性別なんてどうでもいいんだよ。それよりいい加減、か弱いふりやめたらどう?)

その胡散臭い笑顔、気味が悪いよ。

「では、咲世子さんに話をしなくては」
「咲世子さんは今、御用で席を外しています。後で話をしておきますね」
「ありがとうナナリー」
「じゃあ、夕食までに色々と終わらせなきゃだめだね」
「ああ、そうだな」

頷きながらルルーシュはスザクの方へ振り返った。

(ふりなんてしてませんよ?失礼な駄犬ですね)

貴方と一緒にしないでください。

「今日のお夕食、楽しみです」
「そうだな、スザクが一緒なのは久しぶりだ」

ルルーシュは優しい笑顔をナナリーに向け、その手をとった。

(嘘ばっかり。全く、ルルーシュはよく気づかないね。僕は7年前に気づいたのに)

二人で遊びに行こうとしたら、突然泣きわめいて暴れだして。ルルーシュはあれが演技って気づかないんだもんな。心に深い傷を負っているから仕方がないとか本気で言ってるんだもん。
この妹は、離宮にいる時によく来ていたという姉とルルーシュの取り合いをしていた。だが、日本に来たらその姉がいないどころか大好きな兄と二人きり。障害のある体は不便だが、ルルーシュはそんなナナリーの世話を献身的に行うため、ナナリーは離宮で母とともにいた時よりも幸せなのだと、ルルーシュがいない時にスザクに言っていたのだ・・・7年前に。もしかして暗殺者雇ったのってナナリーじゃないのか?と、当時のスザクは思ったものだ。

「ルルーシュ、そろそろ調べよう。夕食に間に合わなくなっちゃうよ?」
「それもそうだな」
(お兄様に気づかれるヘマなんてしませんよ?)
「じゃあ、ナナリー。また後で」
「はい、お兄様。スザクさんもまた後でお会いしましょう」
「うん、また後でね」

表面的には、穏やかで優しい会話がかわされており、何も知らないならば、その空間は間違いなく幸福に包まれていた。
だから、そんな無言の攻防がされてるとをルルーシュは知らない。

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